VOL.63 獣医の日記

秋から冬に繁殖期を迎えるホンシュウジカはオス同士スパーリングを行い互いの力量を測るのですが、しばしば弱いオスが強いオスに追われることがあります。追われるようになった個体は気弱になり、何もなくても逃げ腰になってしまいます。野生では弱さを見せるような個体が群れに存在すると、群れ全体を危険にさらすこともあることがあり、それゆえか逃げ腰のオスは若い個体やメスからも攻撃され、群れから離れたところにぽつんといることが多くなります。 逃げて走り回ることが多いからか、ある時そんな個体の蹄の裏が擦れてしまいました。化膿しないよう投薬し、同時に傷ついた蹄の処置を行う、それも長期戦になるのでシカと職員お互いなるべく負担が少ない方法で…といろいろ試していった結果、大きなバケツに薬入りの餌を入れ、シカ自ら頭を突っ込んで食べてもらっている間にこっそり患部の処置をするという方法に落ち着きました。大きなバケツを被ったような形になるので周囲が見えず不安になるかと思いきや、かえって周りを気にせず餌に集中できるのがこの個体にはよかったようです。食べている間は患部を洗ったり器具で汚い部分をこそぎ落としたり、多少痛みを伴う処置でもそんなに神経質に気にせずやらせてくれます。 先ほども書きましたが、長期戦が予想されます。蹄はヒトの爪にあたるものですが、毎日地面に触れ、体重をかけるので摩耗して減っていきます。加えて、寒い時期は伸びるのが遅いため、傷が治り、さらに元に戻るには時間がかかります。それまで今のやり方に飽きないでほしいな…と願いながら毎日治療しています。

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