VOL.55 獣医の日記
ヒトは子どもの頃乳歯が抜けて永久歯が一度生えてきたら、その歯は伸び続けることなく、あとはすり減るだけです。残りの人生、生え変わることもありません。 今年はねずみ年、動物園にもネズミの仲間のげっ歯類であるテンジクネズミやプレーリードッグがいますが、よく齧り、歯をすり減らし続ける生態をもつ彼らの切歯(前歯)と臼歯(奥歯)は一生伸び続けます。適切な餌を与えていれば臼歯は適切にすり減り、ちょうどよい角度と長さを保てますが、切歯は生まれつきのあごの形や外傷などによってかみ合わせがいまいちになると変な形に伸びてしまうので、ちゃんとした餌を与えていても、歯を削らなくてはならない個体が出てきます。原因が原因なので、毎回同じ顔触れです。今は定期的に歯を削っているテンジクネズミが4頭ほどいます。 歯医者は動物も嫌なようで、暴れて怪我をしないようタオルでくるみ、しっかり保定して歯を削るのですが、あきらめておとなしくするものは少なく、体をくねらせてタオルからの脱出を試みるもの、とにかく口を動かして処置の妨害をするもの、キャーキャー大騒ぎするもの、とにかく皆全力で嫌がります。切らないと餌が噛めなくなるよ、そのうち唇に刺さるぞ、という言葉は当然通じません。 歯が悪くなれば食べることに影響が出ます。そこから体力、全身状態へと影響はすぐ広がります。動物の体に無駄なパーツはありませんが、まさに歯は命、とても大事なのです。